Translate

2017年12月27日水曜日

書評『皇軍兵士とインドネシア独立戦争 ある残留日本人の生涯』 林英一著

某団体の会報に寄稿。いつの号だったか、時期を忘れてしまった...

著者の林英一さんには2回お会いしたことがある。掛け値なしのイケメン研究者で将来が非常に楽しみな方です。あ、もちろんインドネシア研究の方ですよ。

師匠の倉沢愛子さんのように質量ともに優れた一般書をどんどん書いていただきたいものです。

我ながら野次馬はいつも身勝手...


ぶくぶくニンジャ 
『皇軍兵士とインドネシア独立戦争 ある残留日本人の生涯』 林英一著 吉川弘文館 2011年12月20日発行 2200円(税抜き)
出版社HP http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b94774.html




 本書は2007年出版の処女作『残留日本兵の真実』で注目を集めた新進気鋭の研究者・林英一氏の5冊目の著作である。脚註が多い『残留日本兵の真実』や続編の『東部ジャワの日本人部隊』とは少々異なり、かなり一般書に近いスタイルで書かれているため、読者にとって敷居の低い、読みやすい本になっている。

 本書の主人公は、前2作で焦点が当てられたラフマット・小野盛ではなく、残留日本兵の中ではおそらく最も日本のメディアに取り上げられることが多かった故フセン・藤山秀雄である。私自身は彼のライフストーリーを本書によって初めて知ったのだが、確かにメディアが好みそうな、ある意味典型的な残留日本兵の物語と彼の人生を要約することは容易だろう。ただし、著者の問題意識は残留日本兵の戦後史に留まらず、彼らの子孫が「祖国」日本への移民労働者となっている現状まで捉えている。その結果、右派が唱える「大東亜戦争によるアジア解放史観」の論拠としてのみ残留日本兵を取り上げてきた、特に90年代以降に出版された多くの類書やTV番組などとは本書は一線を画していることを強調しておきたい。

 いささか大上段に構えてしまったが、評者にとって本書の読みどころは藤山が戦中戦後に経験してきたエピソードの数々だった。例えば、独立革命戦争時にオランダ軍と戦ったのは正規軍だけでなくイスラム系民兵などもあり非常に混沌とした状況だったことはある程度知られているが、ジャカルタの闇組織が母体の民衆軍Laskarが国軍と激しい対立関係にあり、やがて民衆軍の系譜につらなるバンテンの竹槍部隊に残留日本兵数名が合流して国軍と対決した事実は本書の記述によって初めて知った。本書では触れられていないが、残留日本兵がインドネシア独立後にダルル・イスラーム軍に合流することを中央政府が恐れ、彼らを強制帰国させようとした事実もある。現在は日本人によって「美談」として語られがちな残留日本兵の存在が、当時の中央政府や国軍にとっては必ずしも好ましくない、ある意味疎ましい存在だったことはもっと広く知られるべきだろう。

 欲を言えば、1974年の田中角栄首相ジャカルタ訪問時に発生した反日・反政府暴動(マラリ事件)に藤山ら元残留日本兵たちが何を感じ、どう反応したか、藤山が住居を構えていたタンジュン・プリオクで84年に発生した当局によるムスリム住民虐殺事件を彼がどのように捉えていたか、日本で移民労働者として今も働く藤山の子孫たちが自身の自己同一性をどう考え、日本とインドネシアの社会をどう見ているのか、そうした点を著者にはもっと掘り下げてもらいたかったと思う。

 なお、前2作の小野も本書の藤山も、非常に貴重な史料である当時の日記や備忘録を若干20歳だった著者に気軽に渡している。もちろん彼らに語りたい物語があったからだろうが、著者のひたむきな姿勢が元日本兵たちの心を動かした側面もあったと思われる。インドネシア語で書かれた4冊目の著作「Mereka yang terlupakan ; Memoar Rachmat Shigeru Ono」には、現在はパピと呼ばれている小野の顔写真が多数掲載されており、著者に対する小野の信頼の深さを垣間見ることができる。同様に、2007年6月に85歳で逝去した藤山の霊も本書の出来に満足しているのではないだろうか。著者の次作が楽しみである。(敬称略)

<更新履歴>
2017.12.28  ラベル追加

0 件のコメント:

コメントを投稿