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2017年12月26日火曜日

映画評『虹の兵士たち』リリ・リザ監督

某団体のニュースレターに寄稿した映画評。
本作品の観客動員記録は昨年のワルコップDKIリボーンまで破られなかった、まさに内容的にも興業的にもここ20年のインドネシア映画を代表する一本。映画上映後にはミュージカルも製作され、こちらも話題になりました。

実のところ、私はこういう教育啓蒙映画が苦手、もっと言えば嫌いな映画の部類。上から目線の「啓蒙」という概念が嫌いなのだ。もっとも、本作に限って言えば、それは杞憂であるし、今のインドネシアではこういう映画こそが望まれているし必要なことも重々理解している。

ただし、本作を「インドネシア版二十四の瞳」と形容して日本へ紹介した人を信用してはいけない。『二十四の瞳』はそういう甘い教育話では全くない。これは原作小説も木下恵介の映画も同様。あなたは本当に『二十四の瞳』を読んだのですか、映画を見たのですか?と問い詰めたい気分になったことを今でもよく覚えている。



ぶくぶくニンジャ 
DVD 虹の兵士たち(原題 Laskar Pelangi )
2008年劇場公開 125分 製作マイルズ・フィルムズ
プロデューサー ミラ・レスマナ 監督 リリ・リザ 脚本 ミラ・レスマナ、リリ・リザ
出演  チュッ・ミミ、イクラナガラ、スラメット・ラハルジョ、トラ・スディロ、ズルファニ、フェルディアン、フェリス・ヤマルノ

 ここ数年のインドネシア映画は好調だ。昨年2008年はそうした勢いを象徴する映画が立て続けに大ヒットを記録した。一つはイスラム風メロドラマの「愛の章」(原題Ayat ayat Cinta)、もうひとつが今回紹介する児童映画「虹の兵士たち」(原題Laskar Pelangi)である。共にベストセラー小説を原作とし、人気歌手が歌う主題歌も映画同様のヒットを飛ばした。観客動員数は前者が400万人弱、後者が400万人超。TVや雑誌は特集記事を組み、原作者は共に一躍時の人となり、ちょっとした社会現象にもなった。両者の違いを挙げるとすれば、前者が改宗と一夫多妻をテーマとしているせいかストーリーへの厳しい批判があった点、一方後者は一般観客だけでなく批評家からも多くの支持を受け、ベルリン映画祭ほか海外へも広く紹介された点だろう。外国映画と比べて質の低さが常に指摘されてきたインドネシア映画界において、本作は興行面と内容面の両方で大成功を収めた作品であり、ティーン向けラブストーリーやホラーが国内映画市場を席巻している現状に一石を投じたと言えよう。

 本作の時代設定は70年代末、錫生産で豊かなはずのブリトン島の、歴史はあるがほとんど廃校寸前のムハマディヤ小学校を舞台に、教師と生徒たちが厳しい環境の中で奮闘する様子が時にユーモラスに、時に共感をこめて描かれている。「知性は数値からではなく心で見るもの」と語る理想主義者のハルファン校長と腕白な生徒たちを「虹の兵士たち」と呼ぶ新任の女性教師ムスリマに見守られながら、主人公イカルをはじめとする個性豊かな子供たちはどこか郷愁を感じさせる風景の中で、学び、働き、悩み、そして走っていく。ストーリー前半の山場は、独立記念日学校対抗フェスティバルで楽器がないことを逆手に生徒たちが奇抜な創作ダンスを演じて堂々1等賞に輝く挿話であり、後半では学校対抗テストにおいて数学の天才リンタンがその才能を存分に発揮するシーンだ。両方とも、自分たちは貧しいが豊かな他校の生徒には負けないとの主人公たちの気概が伝わってくる、名場面になっている。そして、そのリンタンが漁師である父の急死から学校を辞めざるを得なくなるところから物語は終息へ向かい、成人した主人公のイカルがフランス・ソルボンヌ大学への留学前に帰郷してリンタンと再会し、夢を持ち続けることの大切さを観客に訴え本作は幕を閉じる。非常に教訓的な、ある意味予定調和的な終わり方なのだが、原作者アンドレア・ヒラタの実体験が元になっているので、ご都合主義とは言えず、むしろ観客に爽やかな余韻を残す。

 本作が成功した要因は、ベストセラー小説の映画化というだけでなく、「全ての子供には教育を受ける権利がある」との明瞭なメッセージを、リアリズムと共に平易に語った点に負うところが大きいと思う。生徒役を全て地元のブリトゥン島の子供たちから選び、オールロケーションで撮影した結果、インドネシア映画やTVで一般的なファンタジーに陥らずにすんだことが幸いしている。いまだ良好とは言い難い環境の中で学ぶ子供たちや、そうした学校に通わせるしか選択肢のない親たちが本作の登場人物たちに強く共感したことは間違いのないところだろう。

 日本では去る3月に国際交流基金主催の映画祭において上映されたが、最近インドネシアでも英語字幕付きDVDが発売されたので、多くの人に見てほしいと思う。

<更新履歴>
2017.12.28 ラベル追加

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